吊し柿
木庭元晴

  薗田先生とは同じ職場に属していたとはいえ,現職の我々とは深い溝がある。薗田先生は,日本古代史の横田健一,考古学の網干善教,簡牘木簡学の大庭脩,エジプト史の加藤一朗,歴史地理学の末尾至行らと並ぶ碩学の最後ではと思う。末尾氏によれば,奈良女子大学から氏を関大に迎えられたのは薗田先生であった。氏はよく「薗田さんは搶ャ平に似ている」と嬉しそうに言われた。外見だけでなく,中味もとのことであった。ぼくは文学部執行部組閣の際に同席していたが,確かにそういう面もあるのかなあ,と思ったりもした。

  薗田先生とは,以前,大学の懇親会である『為春会』(いしゅんかい)の補佐をさせていただいた。NHKでかつて放映されていた吉永小百合主演の夢千代日記が大変お気に入りで,是非そこに行こうとなった。兵庫県美方郡新温泉町湯村温泉である。予備調査には当方の日産サニーで雪道を出かけた。帰路,山道でシャーベット状の雪道を横滑りした。幸い,崖と反対側の左側の岩壁に当たって止まった。チェーンは装着してはいたが,中型トラックの後をトラックとほぼ同様の速度でカーブを回ったのがいけなかった。

  宿泊は三好屋。主人は関大のOBである。ここには森林露天風呂がある。大浴場からそちらに向かうのであるが,浴衣を着てお向かいください,とあった。面倒だなあと,裸で外に出たら,まっすぐ天に届くかと思われる急な素通しの木製階段を下駄だけは履いて大股で昇っておられる。確かに,細い温泉タオルをバックに吊し柿が見えたのである。寒風吹きすさぶ中のことで,急いで薗田先生の浴衣一式を持って駆け上がった。もちろん,私は浴衣を着てのことではあった。

薗田香融先生追悼文集 2017